【育児エッセイ】 母乳信仰を押し付けないでくれませんか? 2018/06/01(金) *
子供を産む前は、
「 母乳が出なければミルクでいっかぁー 」 と軽く考えていました。
しかし、産前のプレママ講座 等で、
徐々に、
「 母乳で育てるのが一番。
育てない奴は悪。 」
みたいな 『 母乳信仰 』 を刷り込まれていきます(´д`|||) 洗脳されます。
母乳で育てようがミルクで育てようがどちらも問題ないことなのに。
われわれ30代世代なんて、ミルクで育てられた人間が多いというのに。
それでも問題なく育ってますよね?
おかしな話です。
そして私の場合、いざ出産後、
片方の胸から母乳が一滴も出ませんでした…
不審に思って退院の翌日に、
近所の助産院に母乳マッサージをして貰いに駆け込みました。
そこで、
「 マッサージしても母乳が一滴も出ないのは、おかしい。
胸の手術をされたことがありますか? 」
と指摘されました。
手術をした覚えはありませんでしたが、
2年前に乳口炎 ( 白斑 ) にはなったことがありました。
そのまま、白斑の際に治療してもらった乳腺外科のクリニックに梯子して、
超音波で胸部を見て貰いました。
診断によると、
母乳が全く出ない片方の胸からも、
ちゃんと母乳は分泌されているものの、
2年前の乳口炎が治癒の過程で皮膚の肥厚を起こし、
乳腺 ( 母乳 ) の出口を塞いでしまっているということでした。
駄目元で皮膚の切開をしてくれましたが、やはり出なかったので、
片方の胸の授乳は諦めるように言われました。
実質的な完母の断念宣告です。
母乳マッサージをしなければ自然と分泌が無くなるということで、
特に薬は処方されませんでした。
受診後、母に報告の電話を泣きながらすると、
「癌じゃなくて良かった!!」
と言われ、その場で号泣しました(T_T)
まだ片方の胸が残っていると思われるかもしれませんが、
母乳が出る残った胸は陥没乳頭。
赤ちゃんが自力で吸いにくい形の乳頭です。
保護器を付けて、ようやく飲んで貰えるような形状です。
そして、生後1ヶ月半で神戸から愛知に帰省して平日ワンオペ育児が始まってすぐに、それは起こりました。
授乳しようとすると娘が顔を全力で反らして拒否する
乳頭混乱 ( 乳頭拒否 ) です。
飲みにくいわ、出も悪いわの陥没乳頭の乳首より、
哺乳瓶でミルクを飲む方が楽なので起こる現象です。
乳頭混乱にならないように、
始めから赤ちゃんが飲みにくい乳首 ( 母乳相談室の乳首 ) をつけた哺乳瓶を使っておくという方法もありましたが、
完母は どうしたって望めなかった私は使っていませんでした。
乳頭混乱が起きた時点で諦めて完ミに移行すれば良かったのですが、
片方しか授乳出来ない私の意地がありました。
皆さんが『 出産 』 と聞いて思い浮かべるものはなんでしょう?
おっぱいをあげているお母さんの姿ですよね?
おっぱいをあげさせて貰えないということは、
自分が母親であることを否定されているような気持ちになりました…
乳頭混乱が始まって1ヶ月半ほどは、毎授乳時間ごとに、
娘も私も号泣しながらの授乳タイムでした(T_T)
嫌がる娘に号泣しながら胸を押し付ける私、
ギャン泣きする娘。
凄絶にヘビーな日々でした(*_*)
完全に産後鬱だったと思います。
好きでミルク育児をしているわけではないのに、
ほぼ完ミに近い混合育児で育てていることに対して、
義母にも、子持ちの他の人にも嫌みや心ないことを言われ、
そのたびに傷付いて陰で泣いていました。
勿論、そんな人たちには片胸&陥没乳頭であることを わざわざ打ち明けてないので、
「 なんでミルクあげてんだよ?
母親なんだから子供のために母乳マッサージでも通って絞り出せよ 」 と
完母で子供を育てられた人たちは思ったのでしょう。
でも、そういう人たちに是非知ってほしい。
混合や完ミのお母さんは、別に楽したいからミルクをあげてるわけじゃない、
母乳で育てたくてもそれが出来ないから泣く泣くミルクをあげているということを!!
混合にしろ完ミにしろ、ミルク育児をしているお母さんたちの殆どが、
好きでミルクをあげているわけではないんです!!
努力でどうこうなる問題ではないんです!!
あなたのそばにミルク育児のお母さんが居ても、
何も嫌味を言わないであげて下さい。
ただでさえ母乳育児が出来なくて母親としての負い目を感じて苦しんでいるお母さんに、
追い討ちをかけるような、人として残忍なことをしないで下さい。
ミルク育児のお母さんを見ても、何も余計なお節介を言わず、そっと見守ってあげて下さい。
貴女の勝手な母乳信仰(母乳神話)を押し付けないで下さい。
妊娠中に受講する講座でも、
そういうフォローを入れて欲しいなと心底、思います。
母乳育児が上手くいかずミルクに頼る場合もありますが、
自分のことを責めないであげてねと。
母乳で育てようがミルクで育てようが赤ちゃんとのスキンシップは取れますよと。
母乳の話が出たところで、
陥没乳頭や乳頭混乱についての話も ちょこっと書き残しておきます。
最初の2、3ヶ月は陥没乳頭にメデラの乳頭保護器を付けて、おっぱいをあげていました。保護器無しであげようとすると嫌がられたりしましたが、
自然と無しで飲んでくれるようになりました
これは時間が解決してくれる問題だと思います
乳頭混乱は、
おっぱいをあげる体勢を色々変えたり、
乳頭保護器を付けてあげたり、外してあげたり、
ミルクを最初に少しあげて、おっぱいに差し替えて赤ちゃんを騙してあげたり、
全く飲まなかったり、色々でした。
飲んでくれない日々が続きましたが、
1ヶ月半ほど堪え忍んだら、
また飲むようになってくれました。
そうこうしていると離乳食が始まり、
ミルクと母乳の混合育児が大変になった生後 半年経った頃、
薬を飲む関係で5日ほど断乳したところ、
自然と飲まなくなりました。
その頃には混合育児&2回食になった離乳食との両立が大変で限界を感じていたのもあり、
乳頭混乱時期と違って今度は、
娘の卒乳を すんなり受け止めることが出来ました。
半年は母乳をあげられたという自分なりに納得のいく区切りだったのもあると思います。
母乳にこだわるのって、きっと最初の半年だけなんだと思います。
半年過ぎると、母乳の栄養価がだだ下がりなのも知ってますしね。
いま、母乳育児が出来なくて悩んでるお母さんに伝えたいのは、
苦しいのは最初の半年だけということです。
混合育児の状態で離乳食が始まったら、
急激に忙しくなって母乳育児にこだわっていられなくなります。
そして1年経ったら逆に、
卒乳させてない完母のお母さんのことを、
「え?まだ卒乳させてないの?もう赤ちゃんじゃないでしょ?」と、
ここぞとばかりに心の中で冷めた目で見られるようになりますよ(^_^;)
ミルク育児に対して、
「旦那さんに預けられるからいいよね。
うちはミルク嫌がるから預けられないのよー」とか、
「卒乳に困らなくていいね!」とか、
「うちは添い乳じゃないと絶対に寝てくれないわ~(=添い乳無しで寝かしつけられなんて凄いね☆感満載の物言い)」
など、
胸を突き刺す悪気のない嫌みを言われた怨みを晴らしたい気持ちはなくはないですが、
母乳について他人にとやかく言われる辛さを知ってますから、
もちろん口では本人に言いませんけどね。
そんな低レベルに合わせた仕返しは致しません。
混合育児真っ只中の時は ずっと、
嫌みを言ってきた 心根のよろしくない人たちに育てられた子供より、
自分の子供を優秀な人間に必ず育ててみせると心に固く固く誓ったものです。
わが部隊は現在のところ負けているが、
要は最後の瞬間に勝っていればいいのだ。
負けはしない。
(小説『銀河英雄伝説』でのヤン・ウェンリーの言葉より)
負けません。
ミルク育児が、完母育児より劣ることにはならないと、
将来、必ず私は証明してみせます。
悔しさから大言壮語を吐いているわけではありません。
そもそも、
ミルク育児に対して嫌味を言ってきた
義母をはじめとして、その他の人たち自身(数年経っても誰に何言われたか覚えてます♪)や、その親の学歴は、
私や、私の親のそれより劣りましたからね(-_-)
ちょっと歪んだ考えかもしれませんが、
ミルク育児に悩みに悩んで、この記事に辿り着かれた方も、
そういう気概を持ってみるのもアリだと思いますよΨ( ̄∇ ̄)Ψ
だ、駄目ですかね…?(^_^;)
他人に酷く傷つけられた精神や矜持を正常に保つためには、
そういう考えも多少アリだと思うのですが…
私は母乳育児が出来なかったことで、
産後鬱に近い状態(毎日号泣生活)になりましたが、
この歪んだ考え方と、
毎日、母に電話して話をしてガス抜きをしていたおかげで、
当時、なんとか正気を保てていたように思います。
♡ ランキングに参加しています

「 母乳が出なければミルクでいっかぁー 」 と軽く考えていました。
しかし、産前のプレママ講座 等で、
徐々に、
「 母乳で育てるのが一番。
育てない奴は悪。 」
みたいな 『 母乳信仰 』 を刷り込まれていきます(´д`|||) 洗脳されます。
母乳で育てようがミルクで育てようがどちらも問題ないことなのに。
われわれ30代世代なんて、ミルクで育てられた人間が多いというのに。
それでも問題なく育ってますよね?
おかしな話です。
そして私の場合、いざ出産後、
片方の胸から母乳が一滴も出ませんでした…
不審に思って退院の翌日に、
近所の助産院に母乳マッサージをして貰いに駆け込みました。
そこで、
「 マッサージしても母乳が一滴も出ないのは、おかしい。
胸の手術をされたことがありますか? 」
と指摘されました。
手術をした覚えはありませんでしたが、
2年前に乳口炎 ( 白斑 ) にはなったことがありました。
そのまま、白斑の際に治療してもらった乳腺外科のクリニックに梯子して、
超音波で胸部を見て貰いました。
診断によると、
母乳が全く出ない片方の胸からも、
ちゃんと母乳は分泌されているものの、
2年前の乳口炎が治癒の過程で皮膚の肥厚を起こし、
乳腺 ( 母乳 ) の出口を塞いでしまっているということでした。
駄目元で皮膚の切開をしてくれましたが、やはり出なかったので、
片方の胸の授乳は諦めるように言われました。
実質的な完母の断念宣告です。
母乳マッサージをしなければ自然と分泌が無くなるということで、
特に薬は処方されませんでした。
受診後、母に報告の電話を泣きながらすると、
「癌じゃなくて良かった!!」
と言われ、その場で号泣しました(T_T)
まだ片方の胸が残っていると思われるかもしれませんが、
母乳が出る残った胸は陥没乳頭。
赤ちゃんが自力で吸いにくい形の乳頭です。
保護器を付けて、ようやく飲んで貰えるような形状です。
そして、生後1ヶ月半で神戸から愛知に帰省して平日ワンオペ育児が始まってすぐに、それは起こりました。
授乳しようとすると娘が顔を全力で反らして拒否する
乳頭混乱 ( 乳頭拒否 ) です。
飲みにくいわ、出も悪いわの陥没乳頭の乳首より、
哺乳瓶でミルクを飲む方が楽なので起こる現象です。
乳頭混乱にならないように、
始めから赤ちゃんが飲みにくい乳首 ( 母乳相談室の乳首 ) をつけた哺乳瓶を使っておくという方法もありましたが、
完母は どうしたって望めなかった私は使っていませんでした。
乳頭混乱が起きた時点で諦めて完ミに移行すれば良かったのですが、
片方しか授乳出来ない私の意地がありました。
皆さんが『 出産 』 と聞いて思い浮かべるものはなんでしょう?
おっぱいをあげているお母さんの姿ですよね?
おっぱいをあげさせて貰えないということは、
自分が母親であることを否定されているような気持ちになりました…
乳頭混乱が始まって1ヶ月半ほどは、毎授乳時間ごとに、
娘も私も号泣しながらの授乳タイムでした(T_T)
嫌がる娘に号泣しながら胸を押し付ける私、
ギャン泣きする娘。
凄絶にヘビーな日々でした(*_*)
完全に産後鬱だったと思います。
好きでミルク育児をしているわけではないのに、
ほぼ完ミに近い混合育児で育てていることに対して、
義母にも、子持ちの他の人にも嫌みや心ないことを言われ、
そのたびに傷付いて陰で泣いていました。
勿論、そんな人たちには片胸&陥没乳頭であることを わざわざ打ち明けてないので、
「 なんでミルクあげてんだよ?
母親なんだから子供のために母乳マッサージでも通って絞り出せよ 」 と
完母で子供を育てられた人たちは思ったのでしょう。
でも、そういう人たちに是非知ってほしい。
混合や完ミのお母さんは、別に楽したいからミルクをあげてるわけじゃない、
母乳で育てたくてもそれが出来ないから泣く泣くミルクをあげているということを!!
混合にしろ完ミにしろ、ミルク育児をしているお母さんたちの殆どが、
好きでミルクをあげているわけではないんです!!
努力でどうこうなる問題ではないんです!!
あなたのそばにミルク育児のお母さんが居ても、
何も嫌味を言わないであげて下さい。
ただでさえ母乳育児が出来なくて母親としての負い目を感じて苦しんでいるお母さんに、
追い討ちをかけるような、人として残忍なことをしないで下さい。
ミルク育児のお母さんを見ても、何も余計なお節介を言わず、そっと見守ってあげて下さい。
貴女の勝手な母乳信仰(母乳神話)を押し付けないで下さい。
妊娠中に受講する講座でも、
そういうフォローを入れて欲しいなと心底、思います。
母乳育児が上手くいかずミルクに頼る場合もありますが、
自分のことを責めないであげてねと。
母乳で育てようがミルクで育てようが赤ちゃんとのスキンシップは取れますよと。
母乳の話が出たところで、
陥没乳頭や乳頭混乱についての話も ちょこっと書き残しておきます。
最初の2、3ヶ月は陥没乳頭にメデラの乳頭保護器を付けて、おっぱいをあげていました。保護器無しであげようとすると嫌がられたりしましたが、
自然と無しで飲んでくれるようになりました
これは時間が解決してくれる問題だと思います
乳頭混乱は、
おっぱいをあげる体勢を色々変えたり、
乳頭保護器を付けてあげたり、外してあげたり、
ミルクを最初に少しあげて、おっぱいに差し替えて赤ちゃんを騙してあげたり、
全く飲まなかったり、色々でした。
飲んでくれない日々が続きましたが、
1ヶ月半ほど堪え忍んだら、
また飲むようになってくれました。
そうこうしていると離乳食が始まり、
ミルクと母乳の混合育児が大変になった生後 半年経った頃、
薬を飲む関係で5日ほど断乳したところ、
自然と飲まなくなりました。
その頃には混合育児&2回食になった離乳食との両立が大変で限界を感じていたのもあり、
乳頭混乱時期と違って今度は、
娘の卒乳を すんなり受け止めることが出来ました。
半年は母乳をあげられたという自分なりに納得のいく区切りだったのもあると思います。
母乳にこだわるのって、きっと最初の半年だけなんだと思います。
半年過ぎると、母乳の栄養価がだだ下がりなのも知ってますしね。
いま、母乳育児が出来なくて悩んでるお母さんに伝えたいのは、
苦しいのは最初の半年だけということです。
混合育児の状態で離乳食が始まったら、
急激に忙しくなって母乳育児にこだわっていられなくなります。
そして1年経ったら逆に、
卒乳させてない完母のお母さんのことを、
「え?まだ卒乳させてないの?もう赤ちゃんじゃないでしょ?」と、
ここぞとばかりに心の中で冷めた目で見られるようになりますよ(^_^;)
ミルク育児に対して、
「旦那さんに預けられるからいいよね。
うちはミルク嫌がるから預けられないのよー」とか、
「卒乳に困らなくていいね!」とか、
「うちは添い乳じゃないと絶対に寝てくれないわ~(=添い乳無しで寝かしつけられなんて凄いね☆感満載の物言い)」
など、
胸を突き刺す悪気のない嫌みを言われた怨みを晴らしたい気持ちはなくはないですが、
母乳について他人にとやかく言われる辛さを知ってますから、
もちろん口では本人に言いませんけどね。
そんな低レベルに合わせた仕返しは致しません。
混合育児真っ只中の時は ずっと、
嫌みを言ってきた 心根のよろしくない人たちに育てられた子供より、
自分の子供を優秀な人間に必ず育ててみせると心に固く固く誓ったものです。
わが部隊は現在のところ負けているが、
要は最後の瞬間に勝っていればいいのだ。
負けはしない。
(小説『銀河英雄伝説』でのヤン・ウェンリーの言葉より)
負けません。
ミルク育児が、完母育児より劣ることにはならないと、
将来、必ず私は証明してみせます。
悔しさから大言壮語を吐いているわけではありません。
そもそも、
ミルク育児に対して嫌味を言ってきた
義母をはじめとして、その他の人たち自身(数年経っても誰に何言われたか覚えてます♪)や、その親の学歴は、
私や、私の親のそれより劣りましたからね(-_-)
ちょっと歪んだ考えかもしれませんが、
ミルク育児に悩みに悩んで、この記事に辿り着かれた方も、
そういう気概を持ってみるのもアリだと思いますよΨ( ̄∇ ̄)Ψ
だ、駄目ですかね…?(^_^;)
他人に酷く傷つけられた精神や矜持を正常に保つためには、
そういう考えも多少アリだと思うのですが…
私は母乳育児が出来なかったことで、
産後鬱に近い状態(毎日号泣生活)になりましたが、
この歪んだ考え方と、
毎日、母に電話して話をしてガス抜きをしていたおかげで、
当時、なんとか正気を保てていたように思います。
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